
ダーラムで捕捉したワセリン付きプレパラートに花粉が50個/㎠以上付着したら飛散量が「非常に多い」100個/cm²以上付着した極めて多いことになりますが県内どこも大量飛散更にはカバノキ科花粉、ヒノキ花粉の飛散が始まっています。ヒノキ花粉は風邪のようなせきたんの症状がみられます。カバノキ科は野菜果物アレルギーPFASの原因になります。姫路ではブナ科のドングリの実がなる樫木椎の木の花粉が中心ですが家島にはオオバヤシャブシが砕石後植林されています。たつの市以外は県内各地2週間とか飛散開始が遅かった。寒かったですね、私は夏でも寒く8月にカイロを貼るくらい体が冷えています。また寒くなるの嫌ですね。当然漢方薬で中からも温めています。また抗がん剤は体を冷やしますので加齢による変化もありますがプラセンタの💉にお越しのご婦人がHOTFLASHで暑いとおっしゃているのに附子や乾姜が入った漢方薬を夏でも服用しています。花粉症は透明な鼻が出て傷寒のようで暖かくなってくると麻黄と石膏の組み合わせが効く不思議な病態です。寒い時は私は生まれた年に「寒い朝」がはやったそうです。「北風吹きぬく寒い」で始まる歌です。高校生の時石坂洋二郎の「寒い朝」を読んだのを覚えています。そして生まれた次の年に選抜では優勝候補でありながら残念ではありますが早々と負けてしまいました。3番ショートとエースの飛車角落ちで致し方ない。春季大会そして夏に向けて頑張ってくださるだろう。」生まれた次の年私の生まれ育った寺院の近くに「TOYO」が開校しました、そして小学生の時はTOYO正門前に集まり集団で登校していました。そして学校の上側の高台にに野球部のグラウンドが整備されておりブルドーザーやダンプカーやユンボーが毎日たくさん来ていました。西側には体育館がありました。毎日うれしくて保護者同に伴で正面入り口ではなく裏側から谷川を渡って見に行っていました。川にはウグイなど比較的大きな魚がおりご婦人方が選択に行く時代です。この時期には土筆もたくさん生えていました。だんだん野球部は強くなりレフト側が狭く谷川があるので緑色のネットが高くそびえていました。それでもレフトフェンスオーバーの打球は多くボールを探しに野球部員の生徒さんが私どもの寺院には参拝者がお墓で使うための井戸があり水を飲みにこっそりお越しでした。部長も監督さんも厳しいのでつめたい井戸水は当時の野球部員の方には思い出のある方もかなりいらっしゃるのではないでしょう。ライト側にはフェンスもなくライトオーバーはボールが校舎があるグラウンドに落ちていきました。YOUTUBEなどで最近寺院を自らお寺と呼ぶ若い僧侶が増えています。お寺ではなく寺院と呼ぶのが正しいと私は思います。檀家さんがお寺とかお寺さんと呼ぶが住職がSNSで自院を呼称するときは寺院が良いと思います。SNSでは私には理解不能な言葉が一杯です。今日もTOYOの生徒さんが来られたが残って自習なので忙しとおっしゃっていました。
